ソウル20人連続殺人事件をモチーフとした『チェイサー』。
華城連続殺人事件にインスピレーションを得たという『殺人の告白』と『殺人の追憶』。
韓国の犯罪をテーマとした映画作品は、意外と実話をベースにした傑作が多いです。
ここで紹介する『暗数殺人』も、実話をモチーフとした作品です。
韓国の犯罪映画は実話ベースとはいえ、アクション映画的な要素を盛り込んだり、娯楽作品への昇華が見事なのが特徴だったりします。
しかし、『暗数殺人』は娯楽要素よりも、殺人を犯したという犯人の告白が、事実なのかを執拗に追う刑事の姿を、骨太に描いた良質のミステリーとなっています。
韓国で興行収入第1位を記録し、様々な賞を受賞した『暗数殺人』。
ここでは、その魅力に迫っていこうと思います。
『暗数殺人』あらすじ
「7人だ。俺が殺したのは7人。埋めたり、川に沈めたり、どうだ聞く気になったか?」
キム・ヒョンミン刑事は、恋人を殺害した容疑で逮捕されたカン・テオから突然、殺人の告白を受ける。証言以外に証拠は一切存在しない。それにテオはなぜ今更、殺人の告白をしたのか?
捜査に関わった周囲の者は、テオの告白を一笑に付す。しかし、ヒョンミンの刑事の勘が、この告白に違和感を感じるのだった。直感的にヒョンミンの告白を事実だと確信したヒョンミンは、上層部の反対を押し切って、何かに憑かれたように捜査を進めていく。ヒョンミンの地道な捜査によって、ついにテオの証言通り死体が発見される。
「お前たちが勝手に捏造したんだろ!」
テオは今までの証言を覆し、激高する。テオの豹変にヒョンミンは翻弄される。それでも捜査を進め、次第にヒョンミンは組織の中で孤立していく。果たしてテオの証言は真実なのか? 彼の目的はどこにあるのか?
『暗数殺人』実はある実話がモチーフとなっていた!?
先に述べたように、韓国の犯罪映画は実際に起こった事件を基にしたものが多いです。
この『暗数殺人』は、ドキュメンタリー番組で放送された1エピソードがモチーフとなっています。それがドキュメンタリー番組『それが知りたい』2012年11月10日に放送されたのが、
第869回「刑務所からのパズル 殺人リストの真実は?」です。
韓国の民間放送局SBSで放送されているドキュメンタリー番組『それが知りたい』は1992年にスタートしたドキュメンター番組。社会、宗教、未解決事件など様々な分野を取材しています。民放制作のドキュメンタリー番組の中でも老舗の番組です。
「刑務所からのパズル 殺人リストの真実は?」は殺人は起こっているが、死体も無く、捜査も行われていない、暗数殺人が取り上げられていました。暗数とは主に犯罪統計で使われる言葉で、警察などの公的機関が、捜査対象などとして認識している犯罪の件数と、実際に社会で起こっている犯罪件数の差を指しています。
この番組を偶然観たキム・テギュン監督が、捜査を続ける刑事に直接会い、犯行が行われたという事件現場まで足を運んだそうです。
その後、5年に渡って綿密な取材を行って、本作を作り上げていったのです。
本作で素晴らしい演技を見せる、W主演のキム・ユンソク、チェ・ジフンの二人も、暗数殺人という題材、実話が持つエネルギーに惹かれて、出演を決意したということです。
『暗数殺人』感想・評価・考察
脱北者の悲劇を描いた『クロッシング』で知られるキム・テギュン監督が、5年に及ぶ取材で紡ぎあげた本作は、興行収入ランキング初登場で第2位、2週目には第1位を獲得し、観客動員400万人というロングランヒットを記憶しました。また、韓国のアカデミー賞と言われる青龍映画賞で脚本賞を受賞するなど、高い評価を得ている。
実話ベース、それまでに扱われたことのない暗数殺人という題材が、観客の興味を引いたこともヒットの要因の一つ。これに加えて、最もヒットに貢献したのは、主役を演じた二人の役者だと思います。
それが物語の発端ともなる、殺人の告白を行なった殺人犯カン・テオを演じたチェ・ジフンと、事件の真相を執拗に追い求める執念の刑事キム・ヒョンミンを演じたキム・ユンソク。この二人の競演は、単なる刑事と犯人の取り調べ、会話劇に収まりません。
飄々としていながら、事実を追い求めるヒョンミン刑事と、殺人を告白しながらも次々と証言を覆して、底を見せない殺人犯カン・テオの出演シーンは、まるで間近で息をしている二人が、主導権を握ろうと丁々発止の闘いを繰り広げているかのような緊張感を観ている者に感じさせているのです。
まさにハマリ役。この二人の存在感が、素晴らしい脚本と化学反応を起こし、映画を成功へと導いたといっても良いのではないでしょうか。
実話ベースであるため、被害者家族から上映中止の訴訟を起こされたのも、皮肉にも映画が話題になることに一役買っています。実際の事件で起こった出来事を、遺族の同意なく使用したという理由で訴えられたのです。また、必ずしも映画は実話を忠実になぞっているわけではなく、映画的に脚色を加えた部分もあります。公開当時、映画的解釈を巡って議論が起こってもいる。
それだけ、人知れぬ犯罪、暗数殺人を取り上げた本作が、社会に大きな反響を与えた証拠でもあります。
『暗数殺人』まとめ
ヒョンミン刑事は上層部に逆らい警察を辞することとなっても事実を追い求める。テオはそんなヒョンミンを嘲笑うように虚実を交えた供述を繰り返します。
クライマックスで、テオの目的、類まれな暗数殺人の謎は明かされる。それは非常に後味の悪いものでもあるが、これこそ実話をモチーフとしたからこその、強烈なメッセージを秘めた結末といえるでしょう。
ヒョンミンとテオ、二人の相容れない生きざまに、観たものは必ずや何かを感じ取るはずです。
本作はそれだけのエネルギーを持っていると思います。
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