コクリコ坂から|映画の舞台は横浜?高校や坂のモデルはある?

映画『コクリコ坂から』は2011年に公開されたスタジオジブリ制作の映画で、日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞も受賞しています。

 

監督は、宮崎駿さんの息子である、宮崎吾朗監督が務めており、『ゲド戦記』に続く2作目の作品として注目を浴びました。

 

本作の主人公の声優は、俳優の長澤まさみと岡田准一が務めるなど、豪華な声優陣達も話題になった作品です。

 

本作は、1963年の横浜が舞台となっており、東京オリンピックを翌年に控え、新旧が入れ替わる日本の転換期とも呼ばれる時代が背景となっています。

 

 

今回は、そんなノスタルジックな雰囲気漂う映画『コクリコ坂から』の舞台である横浜の、高校や坂のモデルは?について調べてみました。

 

 

 

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コクリコ坂から|映画の舞台は横浜?高校や坂のモデルは?

出典:ciatr.jp

「コクリコ荘」があるのは、神奈川近代文学館周辺。高校もその近く?

 

主人公の16歳の少女、松崎海と17歳の少年、風間俊が通う高校は、横浜の「港南高校」という学校で、男女共学の進学校です。

 

作品では、海が見える坂の上に建つ学校という設定ですが、実際にモデルとなっている高校はあるのでしょうか?

 

港南高校と同じく、海の見える坂の上に建つ設定なのが、主人公の海の自宅である「コクリコ荘」です。

 

映画『コクリコ坂から』の公式ホームページでは、「コクリコ荘」があるのは、神奈川近代文学館の辺りであることが記されています。

 

 

神奈川近代文学館の周辺には、「港の見える丘公園」もあり、『コクリコ坂から』の舞台として、看板も設置してあります。

 

 

モデルとなっている高校もその周辺である可能性がありますが、山手エリアに似たような高校は存在するのでしょうか?

 

 

山手エリア周辺の有名進学校といえば、

「フェリス女学院高等学校」
「横浜雙葉高等学校」
「横浜共立学園高等学校」

などが挙げられます。

 

 

しかし、どの学校も女子高で、作品の舞台となっている「港南高校」とは、校風などイメージも少し違うようです。

 

 

そこで、口コミなどで作品のモデルとなった高校として有力視されている学校が2校ありましたのでご紹介します!

 

モデルは「横浜緑ヶ丘高校」?「希望ヶ丘高校」?

 

まず最初に有力視されている高校は、神奈川近代文学館と同様に、横浜市中区に所在する「横浜緑ヶ丘高校」です。

 

 

 

 

「横浜緑ヶ丘高校」は1923年に設立された歴史ある学校で、横浜市中区本牧緑ヶ丘に所在する共学の公立高校です。

 

 

学校の正門から見る風景も作品の風景と似ているとの声も多くあるので、モデルとなっている高校である説が高いといわれています。

 

 

 

そして次に、有力視されている高校は、横浜市旭区に所在する「希望ヶ丘高校」です。

 

 

希望ヶ丘高校は、横浜の中でも内陸側に位置するので、「コクリコ荘」からは、かなり離れた場所に位置していますが、神奈川県で一番古い歴史を持つ高校であることや、校風などが作品と似ていることが話題になっています。

 

 

実際にモデルとなっている高校は明かされていませんが、2校を比べると「コクリコ荘」や港からも近いという立地条件なども考えて、「横浜緑ヶ丘高校」が作品のモデルとなっている可能性が高いのではないでしょうか。

 

 

「コクリコ坂」の坂のモデルは「横浜」、「東京」どっち?

 

それでは、コクリコ坂にも実際に坂のモデルがあったのかも調べてみましょう!

 

作品の舞台となっている横浜市中区の山手エリアは実際に坂道も多いですが、「コクリコ坂」という名前の坂は存在しません。

 

しかし、実際にモデルとなったといわれている坂が横浜と東京にあるといわれています。

 

横浜では、「コクリコ荘」が所在する地域の、横浜山手地区から元町方面に繋がっている坂道で、「代官坂」と「谷戸坂」という坂がモデルとなっている坂ではないかといわれています。

 

 

 

作品の風景にも何となく似ていますね!

 

 

東京においては、東京都文京区大塚にある「音羽の坂」です。

 

なぜ、文京区にある坂がモデルに?と思われるかもしれませんが、一説によると本作の原作である漫画、『コクリコ坂から』が発表された当時、音羽の坂の途中にあるレストラン「コクリコ」にて編集や出版などの打ち合わせが行われていたそうです。

 

 

作品のタイトルとなっている「コクリコ」という名前も、このお店の名を借りてつけられたといわれています。

 

 

 

こうして見てみると、横浜の「代官坂」と「谷戸坂」、東京の「音羽の坂」どちらもモデルになってそうですね!

 

コクリコ坂から|映画の舞台や高校、坂のモデルに関する感想

出典:シネマカフェ
 

 『コクリコ坂から』の舞台、横浜についてはとても好意的な意見が多いようです。

 

 

横浜の中でも今回舞台となっている山手地区は自然豊かで、公園も綺麗に設備されているなど、とても親しみやすく、都心に住んでいる人であれば、日帰りで気軽に遊びに行ける場所なので、聖地巡りなど実際に現地に足を運んで楽しんでいる人が多いようです。

 

 

また、先にもご紹介した通り、映画鑑賞後に実際にモデルになっているといわれている坂道を歩いてみたり、高校付近を散策するなど作品と三次元の世界を重ね合わせて楽しんでいるという声が多かったです。

コクリコ坂から|映画の舞台は横浜?高校や坂のモデルは?のまとめ

 

今回は、映画『コクリコ坂から』の舞台である横浜の、高校や坂のモデルは?について調べてみました。

 

作品の舞台である横浜山手や元町地域は、現在もレトロな雰囲気が漂うお洒落な街であり、『コクリコ坂から』の世界観にぴったりな街でした。

 

モデルになった高校や坂についても様々所説はありますが、色々と想像しながら聖地巡礼をしても楽しいのではないでしょうか。

 

どこか懐かしい気持ちになる映画『コクリコ坂から』、昭和の時代にタイムスリップした気分になって是非ご覧になってみてください。

 

以上、『コクリコ坂から』についてご紹介しました!

最後までお読み頂きありがとうございました。

 

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