コクリコ坂から|集会の歌について考察!なぜ先生は出ていったのか?

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2011年に公開されたスタジオジブリ作品「コクリコ坂から」

 

1964年の東京オリンピックを控えた昭和中期。

横浜を舞台に描かれたこの作品は、「カルチェラタン」という古い部室棟を巡った学生運動など、時代を象徴する背景を描きながらも、そこに生きる高校生たちの淡い恋の行方を描く物語です。

 

戦後日本、今の時代からは想像もつかないほど国民一人一人の政治意識が高く、学生運動もとても盛んだったこの頃。作中でも「カルチェラタン」の存続をめぐって彼らは必死に意志を主張しました。

 

この記事では、そんな「コクリコ坂から」の中のある一つのシーンに焦点を当て、私なりの考察をお伝えしていきたいと思います。

 

 

「コクリコ坂から」集会で歌い出すシーン【白い花の咲く頃】について考察 

出典:シネマカフェ

 

集会のシーンについて

さて、今回注目したいシーンは、主人公の通う港南学園の講堂で放課後に行われた全学討論集会での一幕です。

 

明治の古い建物、部室棟として使われている「カルチェラタン」の取り壊しをめぐる討論会。海が惹かれていく男の子を中心とする反対派と、賛成派とが激しく討論する最中突然、俊の友人水沼「白い花の咲く頃」という曲を歌い始めます。

これに呼応して両派全員が肩を組んで大合唱。

そこに先生2人が入ってきますが、学生達に何か声を掛けるでもなく、無言ですぐにその場を立ち去るのです。

 

このシーンで、講堂にわざわざ入ってきた先生2人が、なぜ何も言わずに出て行ったのか?考えてみたいと思います。

 

講堂にわざわざ入ってきた先生2人が、なぜ何も言わずに出て行ったのか?

結論から述べますと、これは学生達と先生方・大人側の間にある暗黙の了解を表したシーンなのだ、と私は思います。

 

 

まずこの時、議論はちょうど激化していて、両派まさに掴み合いになろうとしているタイミングでした。そんな状態にも関わらず、先陣を切った水沼をきっかけに全員がとても素直に合唱を始めます。

しかも、取っ組み合いになりそうな男子学生だけでなく、後ろで見ていた女子学生達までもが当然のように一緒になって歌うのです。

 

これには、争っている両派含め、ここにいた全員が共通して持っていた2つの想いが作用しているように思います。

 

  • あくまで学生だけで議論したい、大人に余計な関与をして欲しくない
  • 何か問題を起こして集会を禁止されるようなことにはしたくない

 

白熱の末に、もしもこの場が乱闘騒ぎにでもなって、そこに先生が来たら?もちろん注意されてこの討論会は即刻終了させられるでしょう。下手をすれば今後討論会自体が禁止される恐れもあります。

「カルチェラタン」の今後について真剣に、あくまで自分たちだけで話し合って結論を出したい学生からすると、その事態だけは避けなければいけない。

 

そんなことから、「とにかくこの場は穏便にやり過ごす!」という共通目的により、水沼の行動の意図を全員がすぐに理解し、とてもスムーズに「皆で合唱しているだけですが、何か?」という行動に繋がったのだと思います。

 

先生側の思惑

そして先生方側も、もちろん全てわかっているはずです。何せ壇上には堂々と「カルチェラタンの存続を」と討論会の垂れ幕も掲げられているのですから。

学生側の無言の主張に対し、その意図を汲んだ先生方は仕方ないな…と笑ってお咎めなしで去っていった、という具合なのではないでしょうか。

 

 

あるいは、最初から「先生が来たら歌を歌ってやり過ごそう」と事前に対策を立てていたことかもしれませんね。

 

そもそも講堂の外には見張りの学生がいて、彼の「先生が来た」という旨の合図をきっかけに、水沼は歌い出しました。

このことから、一連の出来事はもしかしたら初めてのことではなく、これまでにも同じように対策をしていて、全員が慣れっこだったのかもしれません。

「コクリコ坂から」集会の歌【白い花の咲く頃】について 


出典:シネマトゥデイ


 

では次に、なぜ「白い花の咲く頃」を選んで歌ったのか?考えてみたいと思います。

討論会で水沼はなぜこの曲を選んで歌い始めたのか?何か背景があってのことなのか?ということで、まずは「白い花の咲く頃」がどんな曲なのか、調べてみましょう。

 

「白い花の咲く頃」とは

「白い花の咲く頃」/1950年(昭和25年)作詞:寺尾智沙/作曲:田村しげる

昭和25年、戦後の混乱がようやく収まり始めた頃に、NHKラジオ歌謡から発表された楽曲だそうです。

戦前に「音楽文化の啓発」を目的に盛んになった歌謡曲という文化が、結果的に国民の戦意高揚や思想統制のきっかけになってしまった、という過ちを受け、再び国民歌謡の初心に戻るべくスタートしたのが「ラジオ歌謡」だった…

という背景があるそうです。

 

なぜ「白い花の咲く頃」を選んで歌ったのか?

映画コクリコ坂」の舞台となっている1960年代前半あたりから考えても、この曲はすこし前の楽曲です。

 

この時代にもとても深い意味を持つ戦後の叙情歌。

そんな背景のある曲を選ぶことによって、先生方に文句をつける理由を与えないようにする為、と言う事もあってこの曲が選ばれたのではないでしょうか。

 

「コクリコ坂から」集会の歌【白い花の咲く頃】についてのまとめ

ここまででコクリコ坂から・集会の歌の考察についてお伝えしてきましたが、いかがでしたでしょうか?

 

ボーッと見ていると「あれ、なんか急に全員歌い出したなぁ」と謎の多いまま流してしまいがちなところですが、じっくり意味を考えながら見てみると、意志の強い学生達と先生方側の無言のやりとりを感じるとても大切なシーンです。

 

ぜひこのシーンにも注目しながら作品を見てみてくださいね!

 

 

以上、コクリコ坂から|集会の歌について考察!なぜ先生は出ていったのか?についてご紹介しました!

最後までお読み頂きありがとうございました。

 

コメント

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